オルセー美術館の作品、作者について。0階。

各階にたくさんある部屋には番号が振られており、Salle 1というのはその番号のことです。私は館内地図に従って番号順に回りました。

0階の絵画は画家ごとにまとめましたが、大体部屋順になっているので作品の場所も分かりやすいと思います。

 

ドミニク・アングル (Jean-Auguste-Dominique Ingres)

新古典主義/Salle 1

当時発明された写真が「画家の生活を脅かす」としてフランス政府に禁止するよう抗議した一方、自らの制作に写真を用いていたことでも知られている。(ドミニク・アングル - Wikipedia)

面白い。彼が緻密な画風だからだからでしょうか?

オルセーにある彼の作品では上の『泉』が有名ですが、展示されていませんでした。貸し出し中だったのか、他の事情で下げてあったのか。

 

『聖餅の聖母(オスティアのマリア)』

この細部まで描き込まれた絵……!感情が全く読み取れない聖母マリアと険しい顔をしている左手の天使。想像力がかきたてられる一枚です。

 

テオドール・シャセリオー(Théodore Chassériau)

ロマン主義/Salle 1

『テピダリウム』1853

11歳の時、シャセリオーはアングルのアトリエに入ることを認められ、この新古典主義巨匠の愛弟子となった。アングルは人々にこう言ったそうだ。「見たまえ、紳士諸君。この子はきっと絵のナポレオンになるよ」
アングルがパリを離れた後、シャセリオーは、アングルがその着色法をひどく嫌っていたドラクロワの影響に傾いた。シャセリオーの絵の特徴でよく言われてきたのが、アングルの新古典主義とドラクロワのロマン主義を調和させる試み、ということだ。

1840年、シャセリオーはローマに旅行しアングルと再会したが、アングルは愛弟子の向かっている方向性を面白く思うはずがなく、師弟関係も解消された。(テオドール・シャセリオー - Wikipedia)

上で紹介したアングルとシャセリオーのおもしろい関係。いつの時代も人間関係は複雑ですね。今から150年以上も前に師匠から離れたシャセリオーですが、結局彼らの絵は同じ部屋に展示されています。少なくともこの絵もドラクロワよりアングル寄りの作風に見えます。

 

Louis Français

アカデミズム?/Salle 2

コローから絵を学んだそうです。

『オルフェウス』

この絵。説明はいらないと思います。実物は結構大きくて、絵の周囲が静かになるような静寂が溢れていました。

 

アレクサンドル・カバネル (Alexandre Cabanel)

アカデミズム/Salle 2

『ヴィーナスの誕生』

アカデミズム絵画の代表的な一枚。ナポレオン3世のコレクションでした。

 

ウィリアム・アドルフ・ブグロー (William Adolphe Bouguereau)

忘れられた画家。

甘美で耽美的な彼の画風は当時の人々の好みに合ったと見え、生前には彼の名声は非常に高かったが、20世紀以降、さまざまな絵画革新運動の勃興とともにブグローの名は次第に忘れられていった。再評価されるようになるのは20世紀末のことである。(Wikipediaより)

生前評価されず亡くなってからもてはやされるよりも、生きてるうちに評価された方が嬉しいかなぁ、なんて私は思いますがどうなんでしょう?

 

ジャン=フランソワ・ミレー(Jean-François Millet)

写実主義/Salle 4

農民の日常の一コマを描いた作品が多いミレーですが、よく見ると聖書に出てくるお話がモチーフになっているものが多く、信心深い人だったのかな、と思いました。

こちらは有名な『落穂拾い』。聖書の中に出てくるストーリーの1つに「収穫する人は落ち穂を畑に残しておいて、貧しい人がそれを拾い集められるようにしなければならない」というものがあります。

そのようなキリスト教文化が彼が生きていた当時のフランスに根差していたのかもしれませんね。

 

ジャン=バティスト・カミーユ・コロー(Jean-Baptiste Camille Corot)

写実主義?/Salle 6

『朝、ニンフの踊り』

上で少し出てきたLouis Françaisが師事していた人ですね。

 

 

ローザ・ボヌール(Rosa Bonheur)

写実主義/Salle 6

当時としては珍しい女性の画家。しかもレズ。ですが割と彼女のライフスタイルは受け入れられていたそう。不思議。

『耕作、ニヴェルネ地方にて/Labourage nivernais』

政府の発注を受けて描いた作品です。彼女は動物を描いた絵を多く残しました。

 

ギュスターヴ・モローGustave Moreau)

象徴主義/左側廊下

『オルフェウス』

亡くなった妻を取り戻すために死者の世界へと行ったオルフェウス。しかし彼は妻を取り戻すことに失敗してしまいます。(まるで古事記)

それ以降女性を避けていたオルフェウスですが、色々あって女性たちに襲われ、八つ裂きにされます。(!)この絵は川に捨てられたオルフェウスの頭を女性が拾ったシーン。

普通男性の頭部が川を流れていたら怖いので逃げると思いますが、彼女は優しく抱いています。そしてこの悲しそうな顔。オルフェウスのことが好きだったのでしょうか。

切なくてグロいラブストーリー(?)。

夏の大三角形を作る星の1つであるベガがある、こと座はオルフェウスの持っていた竪琴です。この絵の中にも描かれていますね。夏の星空を見上げるときはぜひ探してみてください。

そして死んだオルフェウスはめでたく妻と再会できたようです。

上のLouis Françaisの絵もオルフェウスが題材でしたね。

 

この二人の関係性は?この大きな顔は何?

ガラテイア【Galateia】

ギリシア神話の海のニンフ。一つ目巨人ポリュフェモスの求愛を受けたが,彼女にはアキスという恋人がいた。(世界大百科事典 第2版より)

謎の三角関係。ギリシャ神話って本当に、すごい。

モローの説明がありませんが、まあいいかな。

 

 

ポール・ランソン(Paul Ranson)

彼についての情報があまり見つからなかったのですが、絵が目を引いたのでのせておきます。色彩のせいか一枚だけ妙に浮いていました。

『La baignade』(入浴)

ポール・ランソンの自画像をポール・セリュジエ(Paul Sérusier)が描いた『Portrait de Paul Ranson en tenue nabique』も近くにありました。

 

アンリ・マルタン(Henri Martin)


『Portrait de l'artiste』/Salle 8

この前のオルセー美術館についてのポストでちょっと彼の名前を出しました。別にこのモヤっとしたおじいさんの絵が好きというわけではなく、好きな絵がこういうタッチだった気がするんですよね。点描画が好き。

 

ピエール・ボナール(Pierre Bonnard)

『Nu accroupi au tub』

ボナールの作品に描かれる女性はほとんどがマルトをモデルにしている。マルトという女性は異常なまでの入浴好きで、一日のかなりの時間を浴室で過ごしていたと言われる。実際、ボナールがマルトを描いた絵は、浴室の情景を表したものが多い。

ピエール・ボナール - Wikipedia

まさしくマルトを描いたものでしょうねぇ……。彼の作品は日本の影響を受けているらしいですが、あまり分かりませんでした。

 

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(Henri de Toulouse-Lautrec)

ロートレックといえば下のポスターが有名ですが、普通(?)の絵画も描いていたとは知りませんでした。(*このポスターはオルセー美術館収蔵ではありません)

脚が不自由で父親からも認められず36歳という若さで亡くなってしまう、気の毒な画家。

 

カロリュス・デュラン(Carolus-Duran)

Salle 11。肖像画を多く残しました。下は彼が妻のポリーヌをモデルにして描いた絵です。

 

ジェームズ・ティソ(James Tissot)

『舞踏会』Salle 12

女性の肖像画で有名です。同世代の画家たちと同じように彼も日本の美術の影響を受けました。普仏戦争に参加して戦ったりもしています。その後パリ・コミューンに参加したりしてパリを離れることに。描く絵と対照的に武闘派?

 

エドゥアール・マネ(Edouard Manet)

『オランピア』

神話の中ではなく現実の女性の裸体を描いた『草上の昼食』、娼婦を描いた『オランピア』は当時議論を巻き起こしたそう。

友人で小説家のエミール・ゾラをマネが描いた『エミール・ゾラの肖像』。

右上を見てください。なんとOlympiaと、歌川国明の絵があります。左側にも日本の屏風のようなものが見えます。

マネの絵は色々なモチーフが描き込まれているのが面白いですね。

 

クロード・モネ(Claude Monet)

マネとモネ。名前が似ていると思ったのは私だけではなかったらしく、モネが新人だったころにその名前を見たマネは自分の名前を使おうとしている人がいると思って怒ったとか……。

この『庭の中の女たち』はあまりに大きかったので堀を掘ってその中に入れて描いたそう!

苦労して描いた大作ですがサロンでは彼の強いブラシストロークが批判され落選してしまいます。今日このような筆跡は印象派の特徴の一つですが、審査員は「このような忌まわしい方向に多くの若者が何も考えずに進み続けている。芸術を守るべき時だ!」とコメントしました。

印象派の当時の評価がうかがい知れます。

 

Jean Lecomte du Noüy


Ramsès dans son harem/ラムセスのハーレム、Salle 15

彼について詳しいことは分かりませんが、なんだか絵が楽しそうでした。

 

ギュスターヴ・クールベ(Gustave Courbet)

『画家のアトリエ』

この絵をパリの万博に出品しようとしたら落選してしまったので、万博のすぐそばで個展を開きます。これが世界で初めの個展(!)。

パリ・コミューン参加したのちスイスに亡命。このころの芸術家って政治活動をやる人が多かったのでしょうか。

オルセー美術館の中でもとくに有名な絵画の1つ、女性のあそこを描いた絵『世界の起源』も彼の作品です。

ガラッと雰囲気が変わって楽しそうな鹿の絵。風景画も多く残したみたいです。絵がどれも大きくて迫力がありました。

 

0階はこんな感じでした。印象派の画家の絵は他の階にも展示されているので、これからの記事でもまた出てくると思います。しかし、これからの記事を書けるかちょっと分かりません……。0階だけでこのボリューム!

 

万一、絵と作家さんを間違えていたら教えてください。段々よく分からなくなっていました。

 

後、写真がイマイチですみません。カメラが安物なのと大急ぎで撮ったのと、館内が少し暗いのでブレブレです。

 

そして名前の読みが分からない画家の名前はそのままにしてます。フランス語の読み難しすぎて不安なので……。

 

 

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